人間が生活道具に使用した「土器」で世界最古のものは、今から約8500年前に西アジアにおいて発明されたといわれています。この時すでに西アジアでは農業が営まれており、土器の発明は農業があったから生まれたという説があります。
しかし12000年前から約1万年の間続いた日本の縄文時代を考えてみると、農業があったから土器が生まれたという説はあてはまらないものとなります。従来の教科書などの説明では、縄文時代は移動しながら食料を採取する生活だったとされています。縄文中期の燃え盛る炎をかたどった火焔土器などが有名ですが、近年の考古学調査や発見から縄文時代のイメージは大きく塗り替えられようとしています。1992年から発掘が始まった青森県青森市にある三内丸山遺跡の調査では、長期間にわたり定住し、クリやヒョウタンなどが栽培されていたことも分かりました。
では、縄文時代の土器は、なぜ発明されたのでしょうか?縄文時代を研究する渡辺誠氏(※1)は、ドングリのアク抜きに使うために作られたと推測しています。今では、ドングリを食べることはめったにありませんが、縄文時代ではクリ、クルミ、シイ、トチなどの木の実やブドウ、ヒシ、ヒョウタン、エゴマ、ゼンマイ、ワラビ、タラの芽、キノコ類など食料として採集されていました。ドングリは、アクが強く何度も何度も繰り返し、アク抜きをしないと食べれたものではありません。そのために土器が発明されたのかもしれないと推測されます。
また穴のついた縄文土器も発見されており、内面はよく磨かれていて、これはヤマブドウやマタタビなどを自然発酵させた果実酒を作っていたと考えられています。この酒が、祈祷のために使われたのか、楽しむためにつくられたのかは定かではありませんが、縄文時代の人々は、教科書に載っている以上に文化的な暮らしをしていたのです。
このように見ていくと、西アジアに起源を持つとされる土器の歴史は農業と関連しているのに対して、東アジアの土器、特に日本の縄文土器は異なる起源を持っていると言えます。

