昭和30年代までなら、町家や農家の台所には、土間とカマドがある風景が普通でした。農家なら、農作業で汚れた足をいちいち洗わなくても、玄関から台所まで土間でつながっていましたから手早く昼食などをすませて、ふたたび農作業に出かけるには効率のよいものだったのです。セメントが普及するとともに、土間は次第に姿を消してゆきます。建築家の山口昌伴氏(※2)は、現代の日本には希少となった土間の原風景をネパールで体験しています。
ネパールでは台所は神聖視されており、なかなか他人を寄せつけないものでした。山口氏が訪れたカトマンズの南方の町にある近代的なアパートは4階建てで、各戸がそれぞれ1階から4階までを占有するというものでした。なぜ、そうなっているのか。
台所は神聖なので最上階もしくは屋根裏にあるのです。何とか頼み込んで見学した台所は「完璧な土間」に高さ20センチほどの粘土のカマド。水も食料も燃料も狭い階段を運び上げるのだそうです。「日本の台所近代化の沢山のセオリーは、ネワール(※3)の神々のまえにはまったくオハナシにならないのであった」と山口氏は言います。
日本の土間は、タタキと呼ばれています。「叩き」とも書きますが「三和土(たたき)」と表記することもあります。三和土は、土とにがりと石灰の3種を和したもので、二和土は土と石灰だけで造られます。それを塗っただけではだめで、何層にもわたって叩きしめることではじめて土間が完成するのです。その作業たるや、たいへんな重労働なのです。
山口氏は、ネパールの台所の土間から受けた衝撃を次のように表現しています。
「土というものが、こんなに落ちつきのよい素材だとは、わたしは、はじめて知ったように思った。しかし、考えてみれば和の土壁を汚いと思ったことはないし、土っぽいとも思ったことはない。衣が擦れて、泥がついたかと払ったこともない。壁の土にはすっかり気を許しているわたしたち日本人も、床の土には気を許せない。もとは気を許していたのに、いつしか不信感をいだいてしまったのではないだろうか」

